最善を知る方

エレミヤ書31章1節から6節までを朗読。

3節「主は遠くから彼に現れた。わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している。それゆえ、わたしは絶えずあなたに真実をつくしてきた」。

この御言葉は私たちに身近な、また絶えず励ましていただく御言葉の一つではないかと思います。殊に「わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している」とあります。神様が限りない、計りがたい途方もない大きなご愛をもって私たちを愛してくださっているというのです。ところが私たちはなかなかその愛を信じることができない。誠に私たちは不幸な存在だなぁ、と思います。神様は私たちを恵もうとしてくださる、楽しませようとしてくださるのですが、私たちが神様を信頼しない、信用しない。ここにすべての不幸、不安と恐れがあります。神様のご愛にしっかりととどまることができるならば、本当に幸いだと思います。

今お読みいたしました2節に「つるぎをのがれて生き残った民は、荒野で恵みを得た」とあります。「荒野」という所は決して恵み豊かな所ではありません。悲しみ、悩み、苦しみ、まさにそのような事の象徴です。「荒野」、私どもは実際見たことはありませんし、体験もしませんが、決してそこは慰め豊かな観光客が群がるような場所ではない。楽園、パラダイスといわれる所ではありません。むしろその逆で、過酷な気候の下に潤いも慰めも喜びもない所です。しかし、その「荒野で恵みを得る」というのですから、これは矛盾した話かもしれません。荒野のような何一つ望みも希望もまた喜びもない所で恵みにあずかることができる。

それはなぜかと言うと、3節に「主は遠くから彼に現れた」と。神様がいらっしゃることに思いがいく、発見する、気がつく。「遠くから彼に現れた」と言いますのは、想像しない、思いもかけないというような意味合だと思います。神様が思いがけない形でご自分を現してくださる。エレミヤの時代は自分たちの国は滅亡してしまって、バビロンの国へ捕らわれの身として移されてしまったのです。けれども神様は決してイスラエルを懲らしめようと、あるいはただひたすらに苦しい思いをさせようということではありません。エレミヤを通して語っているように「わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている」と「平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである」(エレミヤ29:11)と。それなのに現実はそう思えない事柄が目の前にある。事実、私たちの生活においてもそうだと思います。何が悪くてこんな目に遭うのだろうかという境遇や事柄の中に置かれます。すぐそういうことで人を恨み、自分を呪う。そして、ひねくれてしまって、世にすねて意固地になったりします。性格が悪くなる。
ところが、神様はそのような目に遭わせようとして私たちを造られたわけではない。私たちを造ったとき、神様はエデンの園に置いてくださいました。荒野ではなく、パラダイスに置いてくださった。パラダイスたる由縁は何かと言うと、食べ物に困らないとか、着る物がたくさんあるとか、天候がいいとか過ごしやすいという、そのような意味のパラダイスではありません。このパラダイス、エデンの園の恵みは、主が共にいますこと、神様の臨在と共に生きることです。これがパラダイスでしょう。ところが、人は神様の臨在から飛び出してしまった。神様のそばから離れてしまった。そして、自分を神とするようになってから、不幸の連続、悲惨な生涯が始まった。言うならば、神様に信頼できなくなった。神様を尊ぶこと、敬うことができない。そこに罪があるのです。神様と私たちとの間を罪が隔ててしまって、神様に不信感を抱く思いをサタンが投げ込む。「神様がいるのだったら、こんなことになるはずがない。何が神だ、仏だ」と、怒り憤りと言いますか、そのようなものが心に湧き上がって固くなる。年を取れば、それがますます岩石のごとく硬くなるのです。そして、ますます神様から遠ざかってしまう。

そのような私たちを神様は憐(あわ)れんでくださった。私たちをご自分のかたちにかたどって、尊いものとして造ってくださったゆえに捨てられない、放っておけない。神様はそのような思いをもって、私たちに干渉をしてくださる。いろいろなことを通して、もう一度神様に立ち返る者となる。言うならば、あのパラダイス、エデンの園の生活へ、私たちを引き返させてくださる。エデンの園の中心は神と共に生きる幸いな生涯です。神様と私たちとの間に妨げるものがなくなると、神様に信頼して心安からに、望みと喜びと感謝に溢れてくる。

 2節に「つるぎをのがれて生き残った民は、荒野で恵みを得た」とあります。「恵みを得た」とは、その後に言い換えられているように「主は遠くから彼に現れた」、神様がご自分を明らかにしてくださったことです。わたしがここにいるではないかと。そこで初めて「ここに主がいらっしゃるのに私は知らなかった」。ヤコブがそうでしょう。エサウと大げんかをして殺すか殺されるかというのっ引きならない中から、両親が心配してヤコブをおじさんの家に送り出します。彼は失意の中、荒野で一晩野宿をしたときに、そこに神様が現れたのです。「わたしはあなたと共にいて、あなたがどこへ行くにもあなたを守り、あなたをこの地に連れ帰るであろう」(創世記28:15)と言われた。荒涼とした荒野で、夜、石を枕に寝ていました。家族から切り離されて、愛を失って、失意と落胆だった。本来だったらお父さんやお母さんのそばにおられたはずなのに、彼はそうではなかった。そのとき、夢枕に神様の声が聞こえて、ハッと気がついて周囲を見たときに、「ああ、ここに主がいらっしゃるのに私は知らなかった」。ヤコブは初めて神様とじかに一対一で出会うのです。それまではお父さんイサク、あるいはお母さんの神様だった。それまでは「イサクの神」だった。それから後、「ヤコブの神」と呼ばれるようになるのです。そして彼は「これは神の家である。これは天の門だ」(同17節)と歓喜する。輝くばかりの神殿に思えた。といって、そこは荒野であることに変わりはないのですが、どんなに荒涼とした場所であっても、神様が私と共にいらっしゃると知ったとき、その臨在に触れた瞬間に、そこはエデンの園に変わっている。私たちをそのような喜びの中に置こうとしているのが神様です。ともすると私たちは、すぐに目に見える問題や悩み、この荒野を何とか変えてほしい。この苦しみを取り除いてくれと、そのことばかりを願いますが、それが解決ではありません。イエス様は「あなたがたは、この世ではなやみがある」(ヨハネ16:33)と言われる。悩みがなくなって、心配もなくなるわけではありません。この地上に生きているかぎり心配もあります、不安もあります。いろいろな問題が起こってくる。しかし、「荒野で恵みにあずかる」者としてくださる。神様と共に生きる者にしてくださったことです。これが今私たちに与えられている恵みです。家庭でどのような問題があろうと、自分の身の上がどうであろうと、いつも神様が私を愛してくださっている。しかも、過酷な厳しい裁判官としての神様ではなくて、3節に「わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している」と言われる神様がいらっしゃる。愛に満ちた方が私たちのそばにいてくださる。そして、その神様が私たちに一つ一つのことを備えて恵んでくださったのです。神様は私たちを恵もうとしているのです。ですから、いろいろな問題や悩みに遭うことはパラダイスだと思う。なぜならば、神様と共にいなければ、どうにもならない境遇です。そうでしょう。悩みに遭ったとき、夜も眠れないで、「主よ」、「主よ」と、祈らざるを得ない。いつも神様を求めなければおられない。それは幸いなことだと思う。

 イザヤ書45章2,3節を朗読。

 3節に「あなたに、暗い所にある財宝と、ひそかな所に隠した宝物とを与えて、わたしは主、あなたの名を呼んだイスラエルの神であることをあなたに知らせよう」。これは私にとって忘れられないお言葉です。と言うのは、私が大学生のころ、独りで下宿をしていました。両親とは今のように電話をすることもできない。料金がとても高かったのです。長距離電話は生きるか死ぬかのときしか使わない、そのような時代ですから、手紙のやり取りというのが中心です。こちらが手紙を出して、2,3日たってまた返事がきてという調子ですから、大体一週間くらい掛かる。一つのことを頼んで、その返事が来たときにはもう事態が変わっている、事は終わっているような悠長なやり取りです。その頃、父がよく手紙をくれました。今でもその手紙を持っていますが、結構な数になっています。その手紙に必ず聖書の言葉を書いてくるのです。御言葉とその解き明かしが短い文章ではありますが、必ず付いてくる。そのころ、父も大きな問題を抱えていたのを知っていますが、このお言葉を書いてきたのです。「あなたに、暗い所にある財宝と、ひそかな所に隠した宝物とを与えて」と。私たちがこんな所にどうして恵みがあるだろうか、こんな所に宝物があるだろうか、こんな所に何の良きものがあろうかと思うような事柄の中にこそ、神様があなたにしか分からない宝を置いてくださるのだから、しっかりと神様の言葉に耳を傾けるようにと書いていたのです。そのとき初めてこの言葉の意味を、「ああ、なるほど、そういうことなのか」と理解しました。世間でもよく“同病相憐れむ”と言って、同じ悩みの人は相手のことが分かると言います。確かに、そう言うこともありますが、決して心の奥深くまでは分からない。やはりその人、その人が受けている状況、事柄がある。私は自分の病気を通してそのようなことを悟ります。家族であっても、どんなに親しくても、自分の心の深い所での悩み、苦しみ、そういうものは分からない。その人にしか分からない、暗いひそかな悩み苦しみの中、そこに神様の宝があるのです。神様に出会うことが最善で、最も幸いな道です。だから、その後に「わたしは主、あなたの名を呼んだイスラエルの神であることをあなたに知らせよう」。お前のそばに私がいるよと、ヤコブに現れてくださった神様のように、「ここにわたしがいるではないか」と。荒野にあって恵みに出会うとはまさにこのことです。「暗い所」、「ひそかな所」に、財宝、あるいは宝物を神様は備えている。そしてその宝物とは、まさに神ご自身が「わたしだよ」と、ご自分を現してくださることです。神様は私たちに何をしようとしてくださっているか。私たちをこの地上に生かしてくださるのは、苦しめ、悩ませ、悲しませ、嘆かせるためではなく、喜びにあふれて感謝し、神の栄光となるようにと、ご計画してくださっている。ただ私たちがひそかな所に宝物を見出せないで苦しむのです。財宝があるのにそれに気がつかないでいるところに大きな問題がある。

 初めのエレミヤ書31章3節に「主は遠くから彼に現れた」。思いもかけない、まさに「ひそかな所」、隠れたる所に神様はご自分を現してくださる。だから、問題に遭い、悩みに遭うときに何をするか? 神様を呼び求めること、神様を知りたい。ホセア書に「さあ、わたしたちは主に帰ろう。主はわたしたちをかき裂かれたが、またいやし、わたしたちを打たれたが、また包んでくださるからだ」そして「わたしたちは主を知ろう、せつに主を知ることを求めよう」(6章)とあります。神様がこんな御方でいらっしゃる。神様が私のためにこんな素晴らしいことを備えてくださったと、主に触れること、主が共にいてくださることを体験していくことです。これが私たちに求められているといいますか、与えられている幸いな恵みです。主を求めるならば、必ず具体的な問題だって、事柄だって、神様は決して放っておくわけではない。いちばん良いことをしてくださる御方です。3節に「わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している」。「限りなき愛」です。人の愛は限りのある愛です。いよいよぎりぎりになったら自己中心、自己愛に落ち込む。親の愛だってそうですよ。親は決して無償の愛だなんて言えた柄ではない。やはりどこかに打算があり、また人の思いがあります。でも神様の愛は「限りなき愛」と言う以外に言いようがない。だからヨハネによる福音書3章16節にあるように「それ神はその獨子(ひとりご)を賜ふほどに」と、ひとり子を私たちの罪のために十字架に釘づけるほどにというしか言いようがない。どのような例えをもって神様はご自分の愛の大きさ、深さ、長さ、高さを、私たちに語ろうとするのでしょうか。これ以上の表現がないですよ。「獨子(ひとりご)を賜ふほどに」という、この「限りなき愛をもって、あなたを愛した」。私たちを愛してくださった。「それゆえ、わたしは絶えずあなたに真実をつくしてきた」。真実なご愛を私たちに注いでくださったというのです。これは絶えず立ち返っていくべき、すべてのことの原点、始まりです。だから、神様は限りない愛をもって愛してくださって、それゆえ私たちを今置かれた所に置いている。神様は十字架のむごたらしい死をもいとわないで、私を愛してくださっている。それを思うならば、苦しみや悩み、悲しみにあろうと、何をつぶやくことがあるでしょうか。主があのようなみ苦しみまで受けて私を愛してくださって「わたしはあなたと共におるよ」とおっしゃった。ヤコブに現れてくださった主は、今、私たちの主となってくださった。ヤコブの神は榎本の神であり、皆さん一人一人の神となって、ご自分を現してくださる。その主に出会い、主を見上げていくとき、私たちはつぶやくことは何もない。ただ感謝と喜びと望みを持つことができます。主がここから何をしてくださるか、神様のご愛に絶えず心を委ねて、思いを向けて、その限りない愛のゆえに、今このことをしてくださる、今このような中に置いてくださっていることを信じていこうではありませんか。それが神様のご愛に応えていく道筋ではないかと思います。

 皆さんにもお祈りいただいております家内の両親のことですが、先週から今週まで大激変がございました。義父(ちち)は幸いに「ふれあいの里」という、戸畑の介護付きケアハウスに入れていただいたのです。8月の末でしたが、そのときはまだ元気がありまして大変に喜んで「こんな所に来るなんて……」と喜び、明日死んでもいいと言わんばかりの喜びようだったのです。私どもも安心しまして、家内は「これで父が召されても、もう後悔はない。するべきことはしてあげたから」と思って感謝したのです。そうしましたら、9月末くらいからどうも調子がおかしい。「苦しい、苦しい」と言い出した。ケアハウスですから、みんなでそろって食事をするのですが、食堂へ出て行く元気がない。聞いてみると部屋に運んでもらって食べている。時々ベッドに横になっている。あまり横になっていたら寝たきりになるのに、と思って、「運動をするように」と勧めるのですが、本人はその意欲がない。やる気がない。だんだんと体力が落ちていく。今月に入ってから、朝食も食べられない。介護の方に様子を聞いてみると、どうも午前中がズーッと落ち込んで苦しそうですと言われる。かろうじて昼ぐらいから元気を取り戻すのですが、「これは困ったな」と思っていました。とうとうその施設の方から「看(み)取りの段階に入るのではないか」と言われました。「看(み)取りの段階」とは「死にかけています」ということです。死が近いという意味です。「そうなったらどうしますか」と言われる。「どうしますか」と言っても、私どもは福岡で遠いし、本人に聞いてみると、本人は「おれはここにお世話になったからここで死にたい」と。「死にたい」はいいけれども、開所間もない施設の方もどうしたらいいか、初めてのケースですよ。この5月から始まった施設ですから、みんな手探り状態です。「これはどうするか」と思っていました。見ていると可哀想です。「苦しい」「苦しい」と言う。がんがあるものですから、それも一つの問題かなと思いました。そうなるといよいよ最後の段階は苦しくなるに違いない。いろんな人の最後を見ていますので、がんのときはこうなるに違いないと分かります。そうなったら病院に入れるしかない。でも戸畑の病院に入れてもらっても、遠方の私たちが困る。看取りの段階に入ったら、「これから週3回は来てもらわないと」と言われて、家内も「私はそんなに行けない」と困惑する。そのときに「そうだ。それだったらどこか福岡の病院に……」、いずれにしても最終的には病院なのです。私もちょっと理解があいまいだったのですが「介護付き」というのは「看病付き」ではない。病気をして寝込んでしまったらどうにもできない。ケアハウスとしてはお手上げで、どこかの病院に入れるしかない。ケアハウスにはお医者さんが往診することも可能なのだろうと思いますが、まだそこまでの体制が取れない。だからどこかの病院に移すしかない。そうなると、こちらとしてはできるだけ近いほうがいいと思って、義父によく話を聞いてみますと、ケアハウスは皆さんよくしてくれるけれども、病気をしたときに体制がどうもまだ不十分だから、病気をしたときにどうなるだろうか、それが心配だと言う。提携したお医者さんはいるけれども、夜間はいません。夜間は看護師の方もいなくなる。完全に介護者だけです。介護者は医療者ではありませんから、そのような手当てをすることができない。連絡するだけです。義父がいざとなったときにどうするかと不安が募ってくるのです。私どもは「最終的にはやはり病院に入るしかなかろう」と思う。といって、今の事態は、すぐに熱があるとか、緊急の状態というわけではないだけに、どこの病院が受け入れてくれるか分からない。それで家内とも話して、福岡にホスピスのある「栄光病院」があり、その責任者のS先生にちょっと聞いてみることにしました。お電話をしてお会いすることにしたのが先週の月曜日です。私どもははたして受け入れてもらえるのかどうかも分かりませんし、どういう様子なのか、またどのような状態だったらホスピスに入れるものなのか一応情報を得るために伺ったのです。そのときに義母もおりましたから一緒に連れて行きました。先生とお話をして「こういう状況です」と言ったら、先生が「分かりました。すぐにうちに来てください」と、「部屋がもう空くと思いますから、そのときは連絡しますから来てください」。神様ですね、そういう道が開かれて、その足で早速戸畑まで来て、義父に「お父さん、ホスピスの方がオーケーをしてくれたから移ろう」と言うや、家内は激しくしかられました。「お前は何をしている!ひとの人生を勝手にするな!」と。「おれは行かんぞ!」と言って大変な剣幕。私はこれだけ怒る元気があるかと思って感心しましたが、家内はしょげてしまってこれ以上どうしようもない。「もう言うな!」と。「でも病院に入りたいのでしょう」と。「いや、ここでみんながよくしてくれるから死ぬまでここだ!」と。本人はいいかも知らないけれども、周囲が困る。でも、義父がそう言い出したらこれはもう仕方がない。本人が言うのだったら、ホスピスを断って、行き着くところまで行かせようと心を決めまして、「それじゃ、お父さん大丈夫、そんなに嫌がる所へ行かせないから心配しなくていい。ここでゆっくり休んでちょうだい」と言ったのです。がっかりしまして、母は怒って、「あんな頑固な主人とは思わなかった。六十何年一緒だったけれどもあんな人とは思わなかった。こちらがどれほど一生懸命にしているのか分かってない!」と言って怒る。「もういい、仕方がない。本人が納得しない以上、これはもう進めようがないのだから……」と、エレベータで下に降りて行きました。そこに義父をお世話してくださる看護師の方にばったり出会ったのです。そして「今、義父の所へ、もうこういう状況ですからホスピスをと思って、話をしたのです。ところが本人が嫌がるから、今からホスピスはお断りをします。後はこちらの方で最後までお願いします」と言ったのです。そうしたら看護師の方が「ちょっと待ってください。その話はちょっと保留してください。私どものほうで説得してみます。実は私どもも困っていた。こんな状態をどうしたらいいか。といって家族に『出て行け』と言うわけにもいかないし、ちょっと待ってください。うちのスタッフとも相談をしますから」と言う。「じゃ、おまかせしますから、取りあえず返事は保留しておきましょう」と。そして「来週に」ということで今週の月曜日です。その間に向こうで話し合いをしてくれて、向こうの掛かりつけのお医者さんとも話をしてくれました。すると、担当してくれるお医者さんがホスピスのことをよく知っている。S先生のことも知っていてくださって「そこが受け入れてくれるなら、いちばんいい。早く、そうしたほうがいい」と勧めてくれたのです。施設の方々も、自分たちがこれからどのような事態に入っていくのか分らないし、どこまでお世話ができるかまだ不安なのです。だから「ぜひそうしてほしい」と、本人にそれを言い渡すには担当のお医者さんに言ってもらいましょうという話になりました。それでこの月曜日に、私どもは呼ばれて行ったのです。行きますと義父がいつものように部屋におりまして、びっくりしているのです。「お前たち何しに来た」と。「いや、何か知らないけれども話があるからと呼ばれた」と。それで施設の責任者の方と私どもと本人を連れまして、診療所のお医者さんの所へ行ったのです。お医者さんが義父に「阿部さん、もうこんな状態だったら、やはり病院に入ったほうがいいと思うけれども、どうするね。入ったほうがいいと思うよ」と言ったのです。すると義父は「はい」と一言。そして「せっかく入るのだったら、娘さんの近くの病院がいいんじゃないの。そのほうが便利だし」と言ったら「はい」、「福岡でもいいよね」と言ったら「はい」。何と三つ返事ですよ。「はい」「はい」「はい」。一分で終わりです、話し合いは。 

ところが、その月曜日の午前、ホスピスのほうから「部屋が空きましたので、もしお父さんがよければ明日に入ってください。火曜日の午前10時半までに来ていただきたいのですが、どうでしょうか」と。月曜日の午前はまだその結果が分からない。私もこれはどうするかな、断るべきか、あるいはこの際見切り発車するかな、と思って家内に判断を委ねた。家内は「はい。分かりました。行きます」と言うのです。「あらら、二時から話し合いで、義父がまた怒って、あのようにげってんを起こしたら大変だ」と、こちらはヒヤヒヤする。そうしましたら、本人が了承しました。月曜日に話し合いが終わるなり、移動するための寝台タクシー、そのような搬送用のタクシーを捜しまして予約。翌日早朝から出て行きまして、それで搬送したのです。栄光病院の病室に入るなり、義父が「こんないい所だったのか。おれはもうここでいい」と。私どもは何とかして義父のために一番よいことをと、浅はかな知恵ではありますが頑張る。ところが、義父は分からない。分からないから「何でこうなった!」「おれのことだ、お前たちが勝手にするな!」
私はそれを見ながら、私たちは神様に同じように言っているのではないか、と思う。皆さんも「神様、私の人生、勝手にしないで!」「何で私の知らないことをするの!」と言う。だから3節に「わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している」。限りある人の親子ですら、家内は娘ですから父親のために最善をと思う。恥ずかしかろうと何をしようと、ひたすら考え付く方法でベストな道はないだろうかと、神様に祈る。神様はそうやって道を開いてくださる。これがいちばんいいことだと思って感謝して行きます。でも義父は長年そのような世界を知らないものですから、自分の小さな考え方、生き方、見聞きしてきた過去の経験の中だけで、事柄を判断しようとすると分からないことがたくさんある。それは分かります。だから「え!これでいいのだろうか。はたしておれはどうなるのだろうか」と不安があるでしょうが、少なくとも「娘が言っているのですから任せたらどうなの」と。そして病院が本当に素晴らしいのです。そこは二人の患者に一人の看護師というぐらいの手厚い看護体制です。また病院の先生が義父にいろいろと聞いてくれる。「ああ、つらかったでしょうね。これまでよく頑張ってきましたね」と声を掛けてくれる。義父が言うのです。「あなたたちの仕事を私に押し付けんでくれ」と。今までの施設の人たちは親切なのだけれども、それぞれ自分が与えられた勤めを果たそうとして、相手が今必要としているかどうかを考えない。義父がくたびれてきついから寝ている。寝ているとそこへ来て「はい、おやつよ。早く起きて食べて」と持ってくる。その方は親切で励まして起こしてやろうとするのですが、本人にとって、それは苦痛です。ところが、介護者にとってはそれが仕事ですから、それをしようとします。それを押し付けられることを、義父はとても嫌ったのです。そのホスピス病棟では「あなたがいいと思うことをしてあげましよう」と言う。義父は病院に入ったらレントゲン、CT、あの検査、この検査と引き回される。だから「自分はそのようなことをしてもらいたくない」と言ったときに、お医者さんが「そうですよね。嫌なことはしないほうがいいですよ」。これがそこのホスピスの方針なのです。「では、今日はレントゲン検査なら、明日はCTにと、順番を待ってゆっくりやりましょう」と言ってくれるものですから、義父は大喜び。「今までおれの話をこんなに親身になって聞いてくれた医者はいなかった。ここはいい所だ」と。家内は「だから言ったじゃない、娘がいちばんいいことをしようとしているのに、何であのように怒るの。私に任せたらいいじゃないの」と言う。すると黙っていましたけれども……。

神様は私たちに対して「我窮(かぎり)なき愛をもて汝を愛せり」。神様は「限りない愛をもって」私たちのためにいちばんよいことをしてくださる。ただ私たちは自分が分からない、自分の経験にない、自分が今まで知らなかったこと、それだけでかたくなになる。「どうして!」「何で!」「私の人生なのに!」という思いが入ってくる。

義父があのケアハウスに入れていただいたとき、本当に喜んで感謝した。それはそのとき本当にそうだったのであって、それは無駄なことではなかった。そこで神様は楽しみを与え、また安心、安らぎを与えてくださり、そして今度は時を変えて、また場所を変えて、もう一つ次なるステップへ義父を導いてくださっていると思います。その間、家内は娘として右に左に翻弄(ほんろう)させられて、泣いたり笑ったりです。しかし、それもまた主の恵みなのだと思う。主を見上げていくとき、主が共にいますことを知る。これが私たちに最善なことです。だから3節に「主は遠くから彼に現れた。わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している。それゆえ、わたしは絶えずあなたに真実をつくしてきた」。思いもかけない形で事態が急転回したのです。ところがもう一つ付録があった。

これはもう時間がありませんが、義母は私どものすぐ横にある特別養護老人ホームに入っています。ところが「特養」は、大体認知症や寝たきりの方が中心です。だから話し相手がいない。義母はそのような悩みを持っていまして、栄光病院の付属の介護付きケアハウス「かめやま」という所があります。そこにも以前から一応申し込みをしていたのです。でも待ちがありまして入れない。で、義父がホスピスに入りましとき、担当の先生に「義母もこちらの介護施設にお願いしているのですけれども、なかなか入れませんでね」と言ったら、「あ、そうですか。じゃ、ちょっと私が話をしてみましょう」と言って、義父を入院させた火曜日の夕方、そちらから電話がありまして「部屋を何とかしますので、お父さんがホスピスに入られた以上、お母さんは少しでも近くにこられたほうがいいに違いありませんから、こちらで引き受けますから、良かったら手続きをしてください」と言って来ました。急転直下ですよ。恐らく施設の人も「ホスピスに入った、これは長くない、もてて3ヶ月かな」と思ったのでしょうね。夫婦だから、奥さんをそばに置いてあげようという話になったのだと思うのです。これもまた神様の不思議な業です。

だからどうぞ、皆さん、老後は心配いらない。神様がちゃんと「我窮(かぎり)なき愛をもて汝を愛せり」、その時その時に備えてくださる恵みの道があるのですから、大船に乗った気持ちでご愛のみ手の中に自分を委ねて、主に信頼して、主を見上げて主と共に生きる者でありたいと思います。

ご一緒にお祈りをいたしましょう。